2010年2月6日土曜日

泣けるから

実際のところ、僕は何一つしてあげられないから。
朝夕、寝てるままの様子を覗き込むくらいで。
だから、かみさんが食事させてくれてるところに登場して、起きているばあちゃんと対面することになる。
この時だけは、かみさんが始終話しかけながら食事を食べさせてくれてるから、ばあちゃんの意識もはっきりしてるしね。
 僕の顔を近づけて「わかるか?」って聞くと、何バカなこと聞くんだって顔するから、それだけでも嬉しくなったりするんだわ。
そして、声が聞き取れないから半分も話がわからないけど、それでも元々にウィットにとんだ会話の出来る人だったから、レベルがはっきりしている時はそんな言葉を発してくれるんだよね。


今日は、さっきまでそうやって話を聞いていた。
ヒザが痛いっていうから、さすってあげながら会話してると、本当に今日はわかったし通じたし。特に昔の話は間違いなく覚えてるから、会話になるのよ。
下の息子を呼ぶと部屋に入ってきてくれて。
彼はこんな姿になってしまったけど、まったく普通にばあちゃんに接してくれてて、先日私立高校に合格したよって話を、帰るなりばあちゃんにしてたようで。それを覚えてるから、「おめでとう」ってまたばあちゃんが言うのよ。
(だから、彼の合格は家で一番先に聞いたのがばあちゃんで…)
そんなやり取り聞いてると、元々涙腺の弱い僕なんかは、黙って天井見てるしか術がないんだよ。
でもね、それってどうでもいいような何気ないことなんだけど、そして認知症を知らない人には全くわからない馬鹿げた話に思えるだろうけど、本当に僕たちにとっては、すばらしい時間なんだよ。
何物にも変えがたい、ね。
そりゃかみさんには負担をかけてるけど、在宅でしか味わえない感動なんだから。