2009年10月14日水曜日

僕の方もハードだった

2009年3月

薬もその頃には「アリセプト10mg」と、アメリカは20mgまで処方されるようだけど、日本ではMaxのところまで処方されるようになってきて。

認定が上がったことが表すように、やはり状態は悪くなって、幻覚やら妄想が頻繁に起きるようになってきていた。
この頃から、添い寝は出来ないまでも、せめて夜だけでも近くにいてあげようと、襖を隔てた隣の部屋に簡易ベッドを置いて寝るようになった。夜中に少しでも物音がすると起きて、オマルを使えるか見てあげたり、たまには徘徊のように部屋から出てくることもあった。昼間寝てることが多いからか、だいたい1時間起きに起きるという状態が毎日毎日続いて、正直会社で眠くて仕方ない時もあったくらい。でもこれは、8月まで続けてきた。

この程度だったら、ずっと家に居てもらっても何とかなるんじゃないかなって思いと、この状態を続けたらばあちゃんも僕らも、肉体的にも精神的にも参ってしまうかもしれない、という思いが折り重なるようにグルグル頭の中を巡っていた。これ以外のことが考えられず、春になって休みに農作業が入ってきだして、身体もきつかった。

この頃始めて、近所(と言っても、歩くと20分くらい)に住むばあちゃんの姉さんにばあちゃんの正直な状態を打ち明けた。
ちょっと元気がないけどって心配して、痛い足をおして遊びに来てくれてたから。